2018年に公開され、第91回アカデミー賞で長編アニメーション賞を受賞した『スパイダーマン: スパイダーバース』。ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマンの3人が共同で監督を務め、『くもりときどきミートボール』(2009年)や『LEGO ムービー』(2014年)のフィル・ロード&クリストファー・ミラーが製作を担当した、大傑作アニメーションだ。
面白さは保証付きだが、情報量がハンパないためアメコミ弱者には説明不足に感じられることも。という訳で今回は、『スパイダーマン: スパイダーバース』をネタバレ解説していきましょう。
別宇宙との扉を開いてしまったことで、ブルックリンに住む高校生のマイルス・モラレスの世界に、さまざまなスパイダーマンたちが結集。キングピンの大いなる野望を阻止しようと、正義と悪が入り乱れる戦闘が繰り広げられる。
※以下、映画『スパイダーマン: スパイダーバース』のネタバレを含みます。
キャラクターの版権はディズニー、映画化権はソニー。複雑すぎるスパイダーマンの歴史
『スパイダーマン: スパイダーバース』の解説に入る前に、「映画におけるスパイダーマンの歴史」を簡単におさらいしておこう。
キャプテン・アメリカ、マイティ・ソー、ハルク、アイアンマン、X-メン、ファンタスティック・フォーなど、さまざまな人気キャラクターを輩出してきたマーベル・コミック。その中でも屈指の人気を誇っているのが、“親愛なる隣人”ことスパイダーマンだ。しかしスパイダーマンが、マーベルスタジオ製作のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)に登場したのは、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)になってから。単独出演作はその1年後の『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年)と、その知名度に関わらず合流はだいぶ遅かった。
理由は極めて簡単。マーベルスタジオ側が映画化権を持っていなかったからだ。今でこそ向かうところ敵なし、無双状態のマーベルだが、’90年代は鳴かず飛ばずの業績不振。経済的に困窮し、泣く泣くスパイダーマン映画化の権利をソニーに売却してしまう(そればかりか、当時マーベルはアイアンマンやアントマンなど、ほぼ全てのマーベル・ヒーローたちの映画化権を2500万ドルで売却しようとしていたらしい)。さっそくソニーはサム・ライミを監督に迎え、2002年から『スパイダーマン』(主演:トビー・マグワイア)シリーズ3部作を公開。大ヒットを記録したのはご存知の通りだ。
一方のマーベルは、スパイダーマン抜きでMCUをスタート。第1弾の『アイアンマン』(2008年)はパラマウント映画、第2弾の『インクレディブル・ハルク』(2008年)はユニバーサル・スタジオと、別々の配給会社で公開されていたが、2009年に40億ドルでディズニーに買収されてからは、ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズで全作品が配給されることになった。
しかし、マーベル・コミックの“顔”ともいうべきスパイダーマンは是非ともMCUに合流させたい。そこでディズニーはソニーに業務提携を持ちかけ、スパイダーマン単独作はディズニーではなくソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントが配給を行うことで決着をみたのだ。2020年12月現在、キャラクターの版権はディズニー傘下のマーベル、映画化権はソニーという複雑な状況になっているのである。
そして『スパイダーマン: スパイダーバース』は、完全なるソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント作品。MCUとは完全に一線を画しているので、ご注意ください。
『スパイダーマン: スパイダーバース』でまず特筆すべきは、そのユニークなアニメーション技法だろう。まるでアメコミの中に入り込んだかのような、斬新なグラフィック感覚。「3DCGアニメーション」と「手描きアニメーション」という水と油の表現手法を共存させる試みは、これまでのアニメ作品でも実践されてきた手法だが、それを高次元で洗練かつ統合させたのが、この『スパイダーマン: スパイダーバース』なのだ。もちろん、製作にはとてつもない手間暇がかかる。この作品にはおよそ180人ものアニメーターが動員されたが、これはソニー・ピクチャーズ製作のアニメーションとして最大規模だった。
フレームレート(1秒あたりのコマ数)にもこだわった。一般的に、映画は1秒あたり24コマで出来ている。3DCGアニメーションは24コマ全てを異なる絵で作ることが一般的だが、手書きアニメーションでこれをやろうとすると、時間もお金もかかってしまう。そこで24コマのうち12コマを異なる絵にする「2コマ打ち」、もしくは24コマのうち8コマを異なる絵にする「3コマ打ち」といった、リミテッド・アニメーションが主流となっていく。
『スパイダーマン: スパイダーバース』が斬新なのは、3DCGパートでも「2コマ打ち」で作っていること。あえてコマ数を減らすことで、滑らかになりすぎない、生々しい質感を表現しているのだ。女子中学生キャラのペニー・パーカーにいたっては「3コマ打ち」で作られていて、ジャパニメーションを出自とする彼女の特徴を捉えている。
主人公のマイルズもまた「2コマ打ち」で描かれているが、スパイダーマンとして経験を積むことで少しずつフレーム数が増えていき、1秒24コマに近づいていく。主人公の成長に伴ってフレームレートがスピードアップするという、斬新すぎるアイディアが導入されているのだ!
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】アメコミの世界を構築する多元宇宙(マルチバース)とは?
映画の序盤、モラレスが多元宇宙(マルチバース)についての説明をビデオで見るシーンがある。
この宇宙は並行宇宙の1つ。数多くの宇宙が同時に存在しています。
なんだか頭が破裂しそうな理屈だが、要は我々が住んでいる宇宙は多元宇宙の1つに過ぎず、似ているようでどこか異なる別の宇宙がいくつも存在している、というコト。ある学者の主張によれば、その数は10の500乗もの多次元宇宙が存在しているという。
実は、アメコミの世界もこの多元宇宙に則っている。『ドラえもん』なら藤子・F・不二雄、『ブラック・ジャック』なら手塚治虫と、普通は1つの作品を1人のマンガ家が描くものだが、アメコミの場合はざっくりとした設定だけ共有しておいて、複数のコミック・アーティストが自分なりの解釈で物語をつくってしまう。当然『スパイダーマン』も、コミックの数だけ世界観の異なるスパイダーマンの物語が存在する。まさに、多元宇宙(マルチバース)ならぬ、スパイダーバース!映画『スパイダーマン: スパイダーバース』は、アメコミ独自の多次元宇宙的手法を逆手にとって、異なる宇宙のスパイダーマンが一堂に会するというアイディアが採用されているのだ。
だがアメコミ読者の立場になってみると、これはなかなかにヤッカイだ。自分が読んできたコミックと同じ宇宙を描いた物語もあれば、異なる宇宙を描いた宇宙もある訳で、もう訳がわからない。そこでマーベル側は、コミックにアース1、アース2と、どの宇宙を舞台にしているかをわかりやすく明示。キングピンが最初にスーパーコライダーを起動してポータル(時空の扉)を開いたとき、コンピュータに「E-65」や「E-90214」といった記号が表示されているが、実はこれが別宇宙を表す記号だったのだ。
ちなみに、スパイダーマンの正史とされている宇宙はアース616。トビー・マグワイア主演の『スパイダーマン』はアース96283、アンドリュー・ガーフィールド主演の『アメイジング・スパイダーマン』はアース120703だから、意外にもどちらも正史ではない。これらを踏まえて、今回の作品に登場するスパイダーマンたちを俯瞰していこう。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】マイルズ・モラレス
出身:アース1610
声優:シャメイク・ムーア
『アルティメット・スパイダーマン』に登場する黒人の少年。プエルトリコ人とアフリカ系アメリカ人の混血。ニューヨーク・ブルックリンの名門私立校に通う中学生。
ピーター・B・パーカー
出身:アース616
声優:ジェイク・ジョンソン
40代の中年として登場する、スパイダーマン正史の主人公。妻のMJ(メリー・ジェーン・ワトソン)と離婚し、自暴自棄になっている。
ピーター・ポーカー(スパイダーハム)
出身:アース25
声優:ジョン・ムレイニー
アメコミキャラが動物になったパロディ世界「ラーヴァル・アース」のキャラクター。喋る豚のスパイダーマン。
グウェン・ステイシー (スパイダーウーマン)
出身:アース65
声優:ヘイリー・スタインフェルド
スパイダーウーマンとして活躍。『スパイダーマン3』(2007年)ではブライス・ダラス・ハワード、『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)ではエマ・ストーンが演じていたキャラクター。
ピーター・パーカー(スパイダーマン・ノワール)
出身:アース90214
声優:ニコラス・ケイジ
1930年代を舞台とする『スパイダーマン・ノワール』の主人公。
ペニー・パーカー(スパ//ダー)
出身:アース14152
『エッジ・オブ・スパイダーバース』に登場する14歳の女子中学生。ジャパニメーションを思わせるキャラクター・デザインが特徴。
アース1610=マイルズ・モラレスが住む別宇宙
『スパイダーマン: スパイダーバース』の舞台は、アース1610。正史とされている宇宙はアース616とは異なる、別宇宙だ。つまり、映画の序盤で死んでしまうピーター・パーカーは我々が知っているピーター・パーカーではない。ポータル(時空の扉)が開いてアース1610に吸い込まれてしまうピーター・B・パーカーこそが、我々が住む宇宙(=正史)の主人公なのだ。あーややこしい。
この映画では、マイルズ・モラレスが住む世界が現実世界と少しだけ異なるように描かれている。例えば…
・コカコーラではなく、コカソーダという炭酸飲料の看板がある
・ニューヨーク市警の略語がNYPDではなく、PDNYになっている
・ニューヨーク消防局の略語がFDNYではなく、NYFDになっている
・ラッパーのチャンス・ザ・ラッパーは、「3」の数字がプリントされた帽子をかぶっていることで有名だが、この世界では数字が「4」になっている
・現実には製作されていない映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』の続編『フロム・ダスク・トゥ・ショーン』のポスターがタイムズ・スクエアに飾られている
これ以外にも様々な仕掛けがほどこされているので、気になる方は目を皿のようにして映画を観て欲しい。
未来からやってきた「スパイダーマン2099」とは何者?ラストシーンの意味
クレジットが流れたあと「そのころヌエバ・ヨークでは……」という謎のテロップが流れ、もう一人のスパイダーマンが登場する。彼の正体は、『スパイダーマン2099』に登場するミゲル・オハラだ。
ミゲル・オハラ(スパイダーマン2099)
出身:アース928
声優:オスカー・アイザック
『スパイダーマン2099』の主人公。アイルランド系とメキシコ系の混血。巨大企業アルケマックスで働く遺伝子工学の天才という設定。
アース928の舞台は遥か未来の2099年。ミゲルは、ホログラフィックA.I.のライラから別次元にジャンプできるガジェットを手渡される。どうやら彼も、マイルズのように別のスパイダーマンと共闘して世界を救いたいようだ。
ライラ「狙った次元に跳ぶ第一号。最後かもだけど」
ミゲル「運任せか?」
ライラ「ミゲル、どこに行きたい?」
ミゲル「じゃ、もう一度だけ初めに戻ろう。アース67へ」
アース67は、1967年から放送されていたテレビアニメ『スパイダーマン』の宇宙。ミゲルはスパイダーマンと遭遇して「未来のスパイダーマンです。同行して欲しい」と訴えるが、「指差すな!」と怒られてしまう。要は、一番未来のスパイダーマンが一番古いスパイダーマンと出会い、怒られてしまうというオチなのだ。だが、個人的にはこのオチにはもう少し意味があるものと思っている。
そもそもこの『スパイダーマン: スパイダーバース』には、「人種も、ジェンダーも、文化の違いも関係ない。誰もがスパイダーマンになれる」という力強いメッセージがある。主人公のマイルズは黒人、(人種)、グウェンは女性(性別)、ピーター・ポーカーはパロディ世界(文化)からやってきたという設定。あらゆる属性のスパイダーマンが集結して、大きなミッションのために一致団結する。
ある日、フィル・ロードとクリストファー・ミラーがロサンゼルスのダウンタウンを歩いていると、スパイダーマンのマスクを被った人々がたくさんいることに驚いたという。遺伝子改良された蜘蛛に噛まれる必要はない。望めば、誰しもがスパイダーマンになれる…そんなアイディアが、この映画のきっかけになっている。多種多様なビジュアル・スタイルが入り乱れているのは、ダイバーシティ(多様性)の象徴的表現なのだ。
そう考えると、スパイダーマン2099とスパイダーマンの出会いは、「世代間の違い」を表したものと言えるだろう。本編で描いた「人種も、ジェンダーも、文化の違いも関係ない」というメッセージに、もう一つ「世代も関係ない」という横軸が加わったのだ。ダイバーシティが崩壊しつつある現代にあって、『スパイダーマン: スパイダーバース』が訴えかけるものはとてつもなく大きい。
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December 11, 2020 at 03:00PM
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