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“作品を作る人間は、その作品のなかで描かれる人々に対して責任を負う”──映画『MINAMATA —ミナマタ—』のA・レヴィタス監督にインタビュー - GQ JAPAN

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“自分の使命は、同じことが世界のどこでも二度と起こらないようにすること”

20世紀の偉大なフォトジャーナリストのひとり、W・ユージン・スミス(1918-1978)が生前最後に発表した写真集の題名が『MINAMATA』だった。1970年代初めにスミスが水俣で過ごした3年間に着想を得て撮られたのが、この映画『MINAMATA —ミナマタ—』である。撮影に至った経緯を、アンドリュー・レヴィタス監督は次のように語る。

左から、レヴィタス監督と主演のジョニー・デップ、ユージンの妻・アイリーンを演じた美波(撮影時)

© Larry Horricks

「ユージン・スミスの『水俣』を見たのは12歳か13歳のころでした。恐ろしさと同時に、愛や思いやりの感情をもかきたてられるように感じました。人々の力になったり啓発したりする作品を自分も作りたいと思いました。

それから何十年も経って、ジョニー・デップからこの映画のストーリーを持ちかけられたとき、すべてが円を描いて完結したかのように思えました。わたしがこの道へ進んだのは、あの写真集がきっかけだったのですから」

© Larry Horricks

映画のなかでユージン・スミスは、傷だらけの身体を抱え、家族からも見捨てられた、酒びたりのろくでなしとしてまず登場する。本作のジョニー・デップは、輝かしいキャリアのなかでもハイライトになるのではという出来栄えだ。

「ジョニーはしばしば、役のなかに溶けこんで、自分自身を消し去ってしまう俳優だと言われますが、ここでは自分を開いて『これがわたしです』と言っている。この役とジョニーはいろいろな点で似ています。ジョニーはこれまで、経済的あるいは身体的に恵まれない人々を支援する活動を重ねてきました。この映画の内容と、自分の気質や情熱がマッチしていることに、ジョニーもおそらく気づいていたでしょう。この映画は特別で重要な、意義のあるものだと、彼自身感じていたと思います。

© Larry Horricks

ジョニーだけではありません。ヒロ(真田広之)やジュン(國村隼)、美波から、エキストラのみなさんに至るまで、これは特別な映画だと感じてくれているようでした。わたしは俳優を枠にはめることを好みません。わたしがすることは、彼らがそこで生き、探索していけるような環境を作り出すことです。そこで俳優たちは集中し、遠くまで飛翔していくことができる」

© Larry Horricks

この映画を貫く軸のひとつは「再生」の物語である。人生を放棄しかけていたユージン・スミスが、聡明な女性アイリーンと出会い、そして何よりも、筆舌に尽くしがたい苦境にありながらあきらめることなく闘いつづける水俣の人々と出会うことで、みずからの情熱を取り戻し、生命を最後まで燃やし尽くす決意をするのだ。これは監督自身の水俣での経験とも深く結びついているように思える。

© Larry Horricks

「水俣に行ったとき、わたしはすでに、手に入る資料はすべて読み、専門家の人たちからもたくさんお話を聞いていました。それでも行ってみるまで予測できなかったことがあった。それは患者さんとご家族の驚くべき精神力です。いまでも思い出すと胸が熱くなります。喜びと、愛と、思いやりにあふれていました。みなさんわたしに心を開き、気持ちを共有してくださいました。信じられないほどの困難に直面しながら、なお彼らは前進し、愛を持ちつづけている。

わたしにとって、彼らは人間の最もよい部分を体現している人たちです。水俣を離れるときわたしは次のような気持ちになっていました。自分はただストーリーを語るのではない。水俣の患者さんとご家族を支援し、起こったことに光を当て、同じことが世界のどこでも二度と起こらないようにすること、それが自分に課せられた使命なのだ。何があろうと、絶対に戦い抜いてこの映画を作り上げてみせる、と」

© Larry Horricks

セルビアとモンテネグロにセットを建てた美術チームの仕事も、当時の人々のルックを再現した衣裳チーム、メイクチームの仕事も見どころである。1970年代初頭の日本の文化と社会を描くにあたり、徹底的な考証が重ねられた。「史実コンサルタント(historical consultant)」には山上徹二郎氏の名前がクレジットされている。土本典昭監督(1928-2008)による水俣病ドキュメンタリー映画のプロデューサーを務め、ユージン・スミスの『水俣』の日本での刊行にも貢献した人物だ。山上氏の協力により、土本監督の作品の映像も本作の随所に挿入される。

© Larry Horricks

「まず言わねばならないこととして、わたしたちは多くの方々に意見を求め、ご協力をいただきました。水俣病について、史実について、言語や文化について。それからもちろん、アイリーン・スミスさんが現場にいらして協力してくださいました。

そうした個々の分野のコンサルタントのみなさんに加え、山上さんがこの映画を大きく助けてくれました。彼はもっと広い意味でのコンサルタントでした。史実のダブルチェック、さまざまな人とわたしたちをつなぐこと、映画に必要なニュアンスの理解を助けることなど、ありとあらゆることをしてくれたのです。山上さんはクリエイティブで素晴らしいプロデューサーであり、クリエイターとしてもこの映画を支えてくださいました」

撮影時のレヴィタス監督

© Larry Horricks

レヴィタス監督は、写真と彫刻とを融合した独創的な立体造形作品を発表している現代アートの作家でもある。彼にとってユージン・スミスとはどのような表現者なのだろうか。

「ふたつの側面があります。ひとつは先ほどすでにお話しした、わたしをアーティストの道へと導いた側面。子どものとき作品を見て、彼のようになりたいと思いました。困難な問題に取り組み、人間の不幸を直視しながら、人間の最良の部分をもそこに見出すアーティストになりたいと。

© Larry Horricks

一方で彼は、人々に奉仕する人でもありました。われわれは現在消費社会に住んでいて、映画監督はとりわけそうですが、美術作品を作るアーティストも例外ではない。作品のために作品を作るという姿勢になりがちです。しかしスミスはそうではなく、人々に伝えたい事柄のほうを優先します。作品を作る人間は、究極的には作品に対してではなく、その作品のなかで描かれる人々に対して責任を負うのだと思います。その姿勢がスミスにはある。わたしもその姿勢を引き継いでいきたいと思っています」

米国の観客にも日本の観客にも、その他すべての観客に届く映画を目指したとレヴィタス監督は言う。本作に描かれる出来事は、極東の一地域での、すでに終わってしまった出来事などでは決してない。実際この映画を観る人々は、作品世界が現在へ、地球全体へと開かれていくのを、最後に実感することになるだろう。

『MINAMATA―ミナマタ―』

9月23日(木・祝)TOHOシネマズ 日比谷他全国公開
© 2020 MINAMATA FILM, LLC   
配給:ロングライド、アルバトロス・フィルム
公式サイト:longride.jp/minamata/

2021年4月16日にスペイン・バルセロナで行われた、第5回BCN Film Festivalにて。主演のジョニー・デップ(左)と監督のアンドリュー・レヴィタス (Photo by Miquel Benitez/Getty Images)

© Miquel Benitez

アンドリュー・レヴィタス(Andrew Levitas)
PROFILE
1977年、米ニューヨーク州生まれ。ニューヨーク大学卒業後、画家・彫刻家として活躍し、2008年には、権威ある国民美術協会の展覧会に受け入れられた数少ないアメリカ人アーティストの一人となる栄誉を受けた。近年の展覧会としては、バークレー・スクエア(ロンドン)のPHILLIPSで開催された単独アーティストによる初の個展「Metalwork Photography®︎: A Survey / Works by Andrew Levitas」、マンハッタンのPhillips de Pury & Co.で開催された「Metalwork Photography®︎: Sculptures」などがある。映画のキャリアとしては、映画制作会社メタルワーク・ピクチャーズを立ち上げ、『Lullaby』(14・原題)で長編監督デビューを果たし、『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』(18)、『Georgetown』(19・原題)のプロデューサーを務めた。その他の活動として、アフリカ全土で野生生物の保護を推進するために設立された非営利団体Tusk Trustの大使を務め、現在ではニューヨーク大学で教鞭を執るなど、幅広く活躍している。

篠儀直子(しのぎ なおこ)
PROFILE
翻訳者。映画批評も手がける。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(DU BOOKS)『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)など。

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September 22, 2021 at 06:00PM
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