障害者の芸術作品を企業や個人などに貸し出す障害者アートレンタルの取り組みが広がり、多くの人が行き来する場で作品を目にする機会が増えている。レンタル料の一部を制作者に支払うことで、障害者の創作意欲を高め自立につなげるのが狙いだ。
福岡県大野城市の藤原祥真（よしまさ）さん（44）が自宅リビングのテーブルに向かい、真剣な表情でアクリルペンを握る。キャンバスには熊本城の天守ややぐらが赤や黄、青など独特の色彩で色づけされ、城の下には竹灯籠（とうろう）がびっしりと描かれている。
障害者芸術活動を支援するNPO法人「コミュニケーション・アート」が主宰する教室に月1回通いながら自宅で制作に取り組む藤原さん。絵の構図や配色は直感で決め、何度も描き直しながら仕上げる。1枚の絵を仕上げるのに半年かかることもざらだ。自閉症を持つ藤原さんは、人とコミュニケーションを取ることが苦手だが、高い集中力とこだわりの強さという個性を生かした独特の画風が評価され、福岡県が2021年から取り組むアートレンタル事業作品に4作品が登録されている。
県内の指定障害福祉サービス事業所780カ所のうち、半数近くが絵画や写真などの創作活動をしていることに着目した福岡県は21年夏に作品を募集。134人から寄せられた478の応募作品を美術館の学芸員や彫刻家ら6人が審査し、藤原さんを含む58人80作品を選出した。作品のレプリカを月額3000～4500円で貸し出し、30％を制作者に支払う。年末までに企業や学校、ホテル、病院、美容室、個人などに計124件を貸し出した。
秋の福岡県営春日公園（春日市）を描いた作品が福岡市内のホテルのロビーに飾られた藤原さんの母純子（すみこ）さん（71）は「レンタルが決まったと聞いたときは（藤原さんの）表情が明るくなった。絵を描くことを心底楽しむ姿は私にとっても活力になる」と喜ぶ。
福岡県は障害福祉サービス事業所を運営するNPO法人「まる」（福岡市）にアートレンタル事業を委託している。まるの樋口龍二代表は「言葉でのコミュニケーションが取りづらい人でも、自由に作品を作り、独自性を発揮できるのがアートの魅力。障害当事者が思うままに表現したものが社会に出て認められることは喜ばしい。社会と彼らをつなぐ有効なツールだ」と歓迎する。
障害者の作品が多くの人の目に触れることで、障害者への理解が広がることも期待される。障害者芸術に詳しい甲南大の服部正教授（美術史）は「得意分野を生かして工賃を補えたり、社会参加が促せたりするのは評価できる。ただ障害者みんなが絵が得意というわけではない。アートを障害者に対する特効薬と捉えるのではなく、障害に対して理解を深めるきっかけの一つになればいい」と指摘する。
障害者アートを活用する動きは各地で広がっている。一般社団法人「障がい者アート協会」（埼玉県入間市）はアート作品を企業と連携して商品化するなどして、経済的自立を支援する。収益の一部は登録されているアーティスト全員（約830人）に均等に配分。行政では静岡県が全国に先駆けて2019年にアートレンタル事業を始め、実績を積み上げている。
21年のパラリンピックの自国開催も、障害者アートが見直されるきっかけになっている。07年から活動する一般社団法人「障がい者自立推進機構」（東京都）は「パラリンピック開催で一気に支援への機運が高まった。明るい兆しを感じるが、一過性のブームで終わらないよう取り組みたい」と気を引き締める。
課題は収益力の向上だ。福岡県のアートレンタル事業で県から委託料を受けている「まる」は、5年後をめどに単体での事業化を目指す。永続的な活動のためには財政的な独立は欠かせない。樋口代表は「まずは登録作品を増やし、知名度を上げる。アートレンタル以外にも作品販売をしたり企業とコラボしたり、障害者の積極的な社会参加に向け、活動の幅を広げたい」と話している。【河慧琳】
February 09, 2022 at 03:14PM
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