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化石燃料から作る水素は意外にバカにできない - ITmedia

tsukuru.prelol.com

 ここしばらく、エネルギー系の取材が激増中である。いうまでもないが、国内でも国外でもプロパガンダ塗れの情報が乱れ飛び、そういう状況を何とかしたいと考える各企業が、必死に説明会を開くという流れが続いているからだ。

 このへんは、言葉の定義が難しい。そのようにして発信される情報にはいろんなパターンがある。例えば、もう明らかな意図を持って話を都合の良い方向へ持っていこうとするもの。場合によってはウソや、都合の悪いデータを黙殺する。まあこれは純然たるプロパガンダだ。

 これと近いけれど本質的部分が違うのは、ポジショントーク。「いやこういう角度から見ればこうでしょ?」とか、「そこはまだ確定してないでしょ? まだまだ諸説あるよ」という話がしたいか、あるいは「自説の正しさ」を心から信じて主張している場合もある。ただし、自覚的であるか否かは別として、バイアスが掛かっている。

 もちろん、極力バイアスを排除してバランス良く主張しようとするものもある。これには適切な名前がない。暫定的に「フラット派」としておこう。ポジショントークとの差は「フラットであろうとする意思」を内包しているかどうかだと思う。ややこしいのは最後の最後で好き嫌いや、個人としての思想信条の影響を完全に排除することは難しいことだ。人間である以上、パーフェクトなフラットさは求められない。

 これに加えて、そうやって発信された一時情報が伝え手、つまりメディアのプロパガンダ的姿勢やポジショントーク的姿勢、あるいはフラット派の姿勢で微妙に改変され、パターンのマトリックスができ上がってしまう。

 という中で、まあ筆者本人としては可能な限りフラットであろうとしているつもりだが、努力はすれども「我が意見は完全にフラットである」と言い切れるほどには己を過信してはいない。

川崎重工による水素運搬船のイメージ。4万キロリットルタンクを4基搭載する300メートル級の運搬船の技術開発を進めている(リリース)

水素の可能性はどの程度か?

 さてそういう情報と書き手のスタンス構造を説明した上で、水素の話をどう見るかというところが入り口だ。「水素なんて未来永劫(えいごう)可能性がない」というのはかなりプロパガンダ臭い。一方で「水素こそエネルギー問題を完全に解決する新技術である」というのは、上に書いた定義に沿えば、多分ポジショントークに当たるだろう。

 実際の話、インフラの普及でも、エネルギー当たりのコストでもまだ水素は「可能性の芽生え」という段階であり、現状の実力を持って、主要な選択肢の中にカウントするのは少々バランスが悪く感じる。筆者のバランス感覚でいえば「まだまだ越えなければならないハードルは多いが、次世代候補の一つに数えるくらいには見ておくべき」という話だと思う。このあたり丁寧に書いているつもりだが、それでもあちこちで「水素推し」呼ばわりされてしまうところで割とがっかりしているのだ。

 さて、その水素だ。大雑把に見て、「作る」「運ぶ」「使う」の3つの側面に分けて考えていくべきだろう。問題は鶏と卵的にこの3つが相関関係にあり、例えば「需要がないから、作らない。作らないから輸送手段が確立しない」みたいなことになっている。

 これらの内、トヨタは「使う」のところについてステップバイステップで、ソリューションを提案し続けている。金持ち企業でなければできないことだ。具体的には燃料電池(FC)スタックを開発し、主に燃料電池車(FCEV)MIRAIで数をさばきつつ、そのFCスタックをさまざまに外販拡張しようと考えている。トラック、バス、鉄道、店舗、工事現場などで使う移動可能な発電機など。そしてそうした汎用FCスタックとしては、従来比で革命的なコストパフォーマンスを提供することに成功した(記事:船からトラックまで 水素ラッシュを進めるトヨタ)

 というわけで「使う」のところではFCスタックベースのものはかなり実用段階まで到達している。もちろんコストはさらに下げられるに越したことはないが、少なくとも使う側が「場合によっては採算に合う」ところまで来たという意味では、バッテリー電気自動車(BEV)に比べてもさほど遜色ない。ただしこれはあくまで「使う」の部分で、「運ぶ」に属するインフラはまた別の話である。

 さらにこれに加えて、「内燃機関の燃料として水素を使う」水素エンジンの開発を行い、カローラスポーツをベースにしたレース車両で、スーパー耐久シリーズに「研究中車両」として賞典外で出場し技術熟成を図っている(再度注目を集める内燃機関 バイオ燃料とe-fuel)。コレに関しては、FCEVほどの完成度はまだないが、とりあえず補給と航続距離という問題をさておけば、走行中だけならレースが成立する速さがあることを立証して見せた。ただし、これはまだ近未来技術に類する部類で、FCEVの領域に並ぶにはまだまだ遠い。が、一方で、夢見られるメリットもまた多い。それは人類が140年にわたって開発改良し続けてきた内燃機関の技術を生かせる道につながるからだ。

続々と始まっている実証実験

 しかし、そこで使用する水素はどうやって作るのか? それに対し、トヨタはまたもやお金や技術を出してさまざまな取り組みをやっている。京浜地区の風力発電由来のハマウイング(燃料電池は終わったのか?)もあれば、浪江町の太陽光由来の福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)、さらに九州では地熱による地産地消型の小規模地熱発電ベースの開発も進めている(記事:バッテリーEV以外の選択肢)。

 これらはどれも実証実験であり、いずれ商用化するために運用しながら、オンザジョブで研究開発を進めているものだ。もう少し踏み込んで説明すれば人口40万都市(国内地方都市の平均的モデル)の補完的エネルギーとして、例えば災害時にエッセンシャルワークに電力を回すためにどうするかという実験だ。災害時のためだけにインフラ整備はできないので、そういう時に役立てる技術として、普段から回しておかないと具合が悪い。ではそれにはどこにどれだけの設備を持ち、どの程度のコストでどのくらいの量の水素を消費するインフラデザインにすべきか、それを求めるための実証実験である。

 さて、新エネルギーに求められるのは、やはり環境負荷だ。そうでなければ、化石系エネルギーで十分なインフラができている。そのため、これまでは環境負荷が極めて低く、カーボンニュートラルというより、むしろゼロカーボンを志向してきたわけだ。その代わりまだまだかなり背伸びした基礎的段階にあった。

 しかし、そうやって理想の形を求めていくと、それ以外のアプローチが存在し得ることが徐々に見えてきた。それが意外や意外、褐炭ベースの水素というソリューションだったのである。

 これまで、褐炭ベースの水素がどうも敬遠されてきたのは、水素への変換時にCO2が発生してしまうことが大きかった。環境負荷が高いなら石油で構わないということになる。それを解決する方法として期待され続けてきたのが二酸化炭素回収技術であるCCSである。以下資源エネルギー庁のwebサイトから説明文を抜き出す。

 「CCS」とは、「Carbon dioxide Capture and Storage」の略で、日本語では「二酸化炭素回収・貯留」技術と呼ばれます。発電所や化学工場などから排出されたCO2を、ほかの気体から分離して集め、地中深くに貯留・圧入するというものです。

 実はこれが過去の資源エネルギー庁のレポートなどでは、コスト的にかなり難しいと表現されていたので、筆者もそのように理解していた。ところが、9月14日に、神戸にある川崎重工の本社まで取材に赴いて、この常識がひっくり返された。

Fランクの石炭、褐炭を水素化する

 本当はここでこの取材が何だったかを書きたいのだが、その前に常識をどうひっくり返されたのかを書いてしまおう。

 CCSのコストは実はいうほどには高くなかったのだ。筆者が驚いたのは「従来手法での採掘限界に達した油田では、地中にCO2を圧送することで、原油に圧力を掛けて採掘している」という事実で、それはすなわち、原油価格で十分に回収できる程度のコストでCCSは可能になると考え得ることだ。となると話は変わってくる。「褐炭由来は環境負荷が高い」という先入観をひっくり返していかなくてはならない。まあ「最初からゼロの方が分かりやすい」のは間違いないので、価値観を大転換する機会そのものが少ないだろうが、難易度としては知的好奇心のある人にとってはさほど難しい話ではないと思う。

 さて、ちょいと余談。褐炭とはそもそもFランクの石炭だ。クズ石炭。世界中に広く分布していて、利用価値も低い。量があって需要が低いから単価は安い。水素化する時のCO2さえ対策できれば「作る」の部分はメリットだらけになる。再生可能エネルギーベースの水素とは明確にコスト差がつけられるのである。

 褐炭は採掘時に水分を多量に含んでおり、これが熱量を吸収してしまうから燃やしても効率が低い。ところがこれを事前に乾燥させると今度は自然発火しやすい面倒なところがある。だから褐炭のまま輸送するのはリスクが高いわけだ。なので産出国、例えばオーストラリアで水素化を行い。CCSでCO2を除外する。全く新しい技術ができれば別だが、現状では他の選択肢は難しそうに見える。

オーストラリアの褐炭炭鉱、ラトローブバレー。日本の総発電量の240年分に相当する褐炭があるという(リリース)

 気体のままの水素は輸送効率が悪い。「空気を運んでいる」という言葉がある通りである。多少圧縮するにしても理想とはほど遠い。しかも水素は分子が小さく。いろんな物体を透過する性質があり密閉しにくい。

 だから、できれば液化したいのだ。ところが水素はそう簡単に液化できない。触媒を使って例えば窒素などとの化学反応で液化させることは可能で、アンモニアやギ酸などに変換できるのだが、化学系の反応を使うと、元の純度にほぼ戻せない。エンジンで燃やす分には問題なくとも、純度が低いとFCには使えない。

 高純度を保ちつつ、まともな輸送効率を実現するには、沸点以下に温度を下げて液化させるしかない。ところが水素はこの沸点がマイナス253℃と極めて低く、冷やすのもそう一筋縄ではいかないし、エネルギーを食う。しかし、液体水素を作りたい場所にはCCSによってカーボンニュートラル化された水素が大量にある。その水素を燃やしてガスタービン発電機を回せば、冷却によるコスト的負荷は極めて低くできる。

褐炭から水素を製造し、液化して運搬船で日本まで運ぶ実証実験(リリース)

越えた壁と残る壁

 というところでようやくプロジェクトの説明に入れる。今回の取材は、川崎重工と岩谷産業、それに電源開発の3社を中心としたスキームで、他にシェルジャパン、丸紅、ENEOS、川崎汽船などがジョイントして、オーストラリアの安価な褐炭で水素を作り、冷却式で液化水素化して、水素運搬船で日本へ運び、さらにそれを消費地へデリバリーするという大がかりなものだ。

川崎重工が建造した水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」。すでに国内でテスト航海を行っているが、22年にはオーストラリアと日本の間で水素を輸送する実証実験を開始する(筆者撮影)

 発表のメインとなったのは、川崎重工による水素運搬船だ。液体水素タンクは、いわゆる魔法瓶構造で、二重壁の間を真空引きして熱伝導的に断熱し、放射損失は反射素材で防止するという極めて伝統的手法である。

 川崎重工側から、例として挙げられたのは、100℃の熱湯をこのタンクに入れて、1カ月間放置しても温度は1℃しか下がらないという。何が言いたいかといえば、これはつまり輸送中は保冷のためのエネルギーがいらないという話である。

真空二重殻構造の水素タンクのイメージ(リリース)

 ということで、褐炭ベース水素の弱点がかなり克服されつつある。CCSと、水素ガスタービン発電での冷却、輸送中の保冷まではほぼ解決が付いた。残る2つの内1つは輸送そのもののコストなのだが、これを解決するのは輸送船の大型化と大量輸送なのだそうで、今回の商用実証船より大型の輸送船(冒頭のイメージ写真)を開発して、これを80隻ほどに増やせば大幅にコストが低減でき、天然ガスより少し高い程度に持っていける試算ができているそうだ。今後炭素税などが導入されて天然ガスにこれが課税されれば、価格は逆転し得るということになる。

 最後の1つは、水素をエンドユーザーにデリバリーする部分。例えば水素ステーションだ。これはもう地道に拠点を増やし、そのためには充填(じゅうてん)に必要な資格制限などの規制を緩和していくしかないだろう(記事:やり直しの「MIRAI」(後編))。

 ということで、まだまだ発展途上のプロジェクトではあるのだが、越えられないと思っていた壁をいくつか解決しつつあり、将来技術としての可能性はかなり上がったと考えられる。

 もしあなたが「褐炭ベースの水素? ないない(笑)」と思っていたとしたら、少し知識を補正しておいた方が良いかもしれない。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。


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September 20, 2021 at 05:00AM
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