今回紹介するのは,レミントンの研修用ゲーム「レミントンチャレンジ」だ。レミントンは創業30年,現在社員28名+パート13名からなる,いわゆる中小企業であり,主にシニア向けの健康グッズを販売する通販会社だ。とはいえ中心となるのは,テレビCMや新聞の折り込みチラシから電話や郵便で注文を受け付けるという,昔ながらの通信販売であり,4Gamer読者の多くは名前を聞いたことすらないかもしれない。
そんなゲームとは縁遠そうな会社が,いったいなぜ研修用ボードゲームを制作したのか。そのゲームを体験しつつ,詳しく話を聞いてみた。
健康グッズ業界のことは分からないが,ひとまず挑戦してみる
まずは「レミントンチャレンジ」を実際に体験してみることにする。レミントンの社長,野間田仁志氏(以下,野間田氏)のインストラクション(ルール説明)の元,まずはゲームの基本を理解することから始めることに。
本作は,レミントンが手がけている健康器具の通信販売をテーマにした,協力型のダイスゲームだ。ゲームの目的は,勝利点にあたる“顧客数”と,利益を表す“ポイント”を最大化すること。ゲームの終了条件である12か月(=12ターン)で協力してこれを行い,獲得した“顧客数”がチームとしての,そして“ポイント”がプレイヤー個人の得点となる。
ゲームボードを見てみよう。上半分に並んでいる「製品」「新規顧客向け企画」「リピーター向け企画」は,通信販売で売るべき商品を表している。本作において製品と,“どのように売るか”を意味する企画はセットであり,この2つによって商品の持つ“魅力値”が決定する仕組みだ。
一方,ボードの下半分左側にある「受注」は,顧客が持っている需要を意味している。ここに配置されるカードによって“購買欲値”が決定する。
本作のキモは,この“魅力値”と“購買欲値”をマッチさせることだ。“魅力値”の数だけ黒いダイスを,“購買欲値”の数だけ白いダイスを振ることができ,黒と白で同じ目が出た数が“レスポンス数”としてカウントされる。これがつまり,売れた製品の数を示してるわけだ。
ボード上では,このほかに「発注」「発送」「顧客管理」「環境整備」があるが,これらは総じて得点計算に関わるフェイズといえる。「発注」「発送」のフェイズで“コスト”が決定し,その“コスト”と“レスポンス数”をベースとして,「顧客管理」で“顧客数”が,「環境整備」で“ポイント”が決まる。
もちろん細かいルールはこのほかにもいろいろあって,例えば「製品」と「企画」のカードはすでに場に出されているカードに隣接した領域に配置できるもの――つまりターゲットを少し変えた製品か,ジャンルを少し変えた製品のいずれかしか出すことができない。「シニア向け健康器具」からスタートした場合,新製品は「ヤング向け健康器具」や「シニア向け雑貨」はすぐには狙えないということだ。
このような縛りがあるなかで,プレイヤーは手札からカードを場に出して選択肢を増やしつつ,そのターンにプレイするカード――「製品」「企画」「受注」「発注」「発送」「顧客管理」「環境整備」のワンセット――を全員で相談して決定。これを繰り返して12ターンを進めていくことになる。
実際にプレイしてみると,最初こそボードとカードの情報量が多くて戸惑いもあったものの,基本のメカニクスを理解すれば,とてもシンプルなゲームであることが分かってくる。とはいえ簡単というわけではなく,慣れるとリピーター向けの「企画」は安定した利益を得るのに向くが,新規顧客向けの「企画」を実施しないと顧客数が減っていくといったジレンマも見えてくる。なるほど一筋縄ではいかないようである。
今回のプレイでは,後方支援の部署を改良するカードが多く場に出る一方で,新製品のアイデアがなかなか出ず(カードが引けず),ずっと同じ製品を売り続ける展開になってしまった。バックオフィスが強化されるとコストがどんどん削減されていくので,製品の少なさを企画でカバーし,顧客を着実に増やしていく。地味ではあるが,会社としては堅調といったところか。
最終的に,12か月を乗り切ったゲーム終了時には,顧客数は246(単位は100人とのこと)と初期値である200の1.2倍ほどとなった。野間田氏によれば,これはなかなかない高成長ぶりとのことだった。
社長に聞く,「レミントンチャレンジ」で伝えたいこと
そんなわけでインスト込みで1時間弱のプレイを終え,幸運にもMVPを獲得できた筆者だったが,レミントンのような一見ゲームとは無縁そうな会社が,どうして研修用ゲームを制作しようと思ったのか。またそのゲームデザインにはどんな狙いが込められているのか。社長の野間田氏に詳しく話を聞いてみた。
4Gamer:
本日はお時間をいただき,ありがとうございます。まずは研修用ゲームを製作するに至った経緯について教えていただけますか。
野間田氏:
そうですね。レミントンが大切にしていることの一つに,人間関係の質というのがあるんです。会社は利益を追求するものですが,それを第一に掲げてしまうと社内の空気は殺伐としてしまいます。なので,まずは失敗したら励まし,うまくいったら祝福し合えるような人間関係――「グッドサイクル」を作ることが大切だと思うんですね。
そんな中で社員同士でコミュニケーションしながら仕事を学べるゲーム研修というものがあるのを知り,ひとつやってみようかな,と。
4Gamer:
なるほど。そもそもゲーム研修を知ったのは,どんなきっかけだったのでしょうか。
野間田氏:
前社長の坂田がゲーム好きなんですが,その坂田がひょんなことからゲーミフィ・クリエイティブマネジメンツの石神さん(石神康秀氏)と知り合いまして。「やったことのないことはやってみよう」という社風もあり,好奇心で動いたところはあると思います。
4Gamer:
本作が完成したのは2022年8月だそうですが,社員の皆さんはもうプレイされたのでしょうか。
野間田氏:
まずお披露目ということで,皆でプレイしました。部署ごとに遊んで意見交換もしましたし,今年の内定者と遊んでもみました。とはいえ,今のところは研修というより,社員間のコミュニケーションの道具という立ち位置です。内定者と遊んだときも,「純粋にゲームとして楽しめた」というコメントをもらいましたし。
4Gamer:
確かに相談する要素が多いので,コミュニケーション促進には向いていますね。では,本作を作るに当たっては,どんな発注をされたのでしょうか。開発には1年ほどかかったそうですが。
会社を1枚のボードに収めようとしたら,かなりの大作になっちゃいましたね。最初はもっとシンプルにする案もあったんですが,せっかくならリアリティを追求して,やり込み要素もないと面白くないかなと。思ったより時間はかかりましたが,その分いいものができたと思っています。
4Gamer:
確かにリアリティは感じました。大切にしたのはそうした部分ですか?
野間田氏:
ゲームを通じて社員に伝えたいことは何か,考えたときにまず思いついたメッセージは「チャレンジしよう」というものでした。しかし,ただ漠然とチャレンジと言われても伝わりません。なので,もう少し具体的にと考えて出てきたのが「守破離」ですね。
4Gamer:
「守破離」というと,剣道とかでいう守破離でしょうか。
野間田氏:
ええ。まずは自分の仕事を知ること。次に自分の仕事と他の部署の仕事がどうつながっているかを理解したうえで,より良いやり方を見つけられること。最後にそこから新しいものを生み出すこと。そういう段階的な進化を盛り込みたいと思ったんです。
4Gamer:
仕事の全体像を俯瞰できますし,確かにいい教材ですね。
野間田氏:
あとはパッケージにも書いてある「全員マーケティング」ですね。弊社にはマーケティングの専門部署がないんですが,これはセクションに囚われず,全員で利益の出し方を考えていこうということなんです。
良い製品さえあれば利益が出るかといえば,そうではないですし,企画や受注,発送,顧客管理といった各部門があってこそ,お客さんに満足していただけるサービスになるわけです。だから全体がまんべんなくレベルアップすることで利益を作っていこう,というメッセージが作中には込められています。そのあたりはちょっと経営者目線ですね。
4Gamer:
どの部署からでもカードが引けることには,そういうメッセージが込められているんですね。今回のプレイでも,顧客管理を担当する部署のカードでコストが軽減されて,顧客管理って重要なんだなって分かりました。
野間田氏:
そうなんです。ほかにも総務人事が環境を作ってくれてるから仕事ができているんだ,とかに気づいてくれたら嬉しいですね。
4Gamer:
カードの裏面のイラストも,実際の社内の写真を元にしているとのことで,社員の方は親近感が湧くでしょうね。
野間田氏:
そうですね。あとリアリティという意味では,今回のプレイみたいに新製品が出なくて苦しむのって,いつものことなんですよ。新企画が10あって1つ当たるかどうかという世界なので。
でも1つ新製品が出ればかなり手ごたえが感じられますし,皆で「おおー!」と盛り上がるあの感覚も,実際にあんな感じです。仕事にまつわる感情がボードに集約されていることに,初回プレイの時は私自身が驚いたものです。
4Gamer:
新規顧客向けの企画を中心にしつつ,ここぞというときにリピーター向けの企画を打つという作中の定石も,実際にそういうものなのでしょうか。
野間田氏:
基本的にはそうです。新規向けの方がコストはかかるけれど恒常的に必要で,そのために既存の企画で利益を生んでいく。既存向けのビジネスをやっていると,顧客は減っていくものですから。
4Gamer:
確かにゲームではそうなっていましたが……減るものなんですか?
野間田氏:
通販業界では「穴の開いたバケツ」の例えがよく使われるんですが,顧客というのはこのバケツに溜めた水のようなものなんです。穴が開いていますから,放っておくとお客様は減っていきます。他社製品に流れたり,引っ越ししたり,あるいは亡くなってしまったり,理由はさまざまですが。ですので,新規顧客という水を蛇口から注がなくてなりません。水道代というコストがかかりますが,水を流し続けて常にフレッシュな状態に保つ必要があるんです。
4Gamer:
なるほど……。あとはカードに書かれたフレーバーテキストがいいですね。取引先が実名で出てきたりとか(笑)。
野間田氏:
これはゲームを開発した石神さんに強く勧められたものでして。実際のエピソードを元に200個ほど,全部私が書きました。いやあ大変でした(笑)。でもプレイした皆が笑ってくれますし,ある意味会社の歴史が詰まった部分でもあるので,やって良かったと思っています。
4Gamer:
フレーバーテキストにあるような,社員同士の会話の中からアイデアが生まれることも,よくあることなんですか?
野間田氏:
そうですね。もちろん会議から出てくることもありますが,仕事中の立ち話がきっかけというのも少なくありません。なので,弊社ではそういったコミュニケーションはむしろ推奨しています。あとは月に1回,「対話の時間」というのも設けていまして,これは全社員をグループ分けして,外部のコンサルも入れて3時間ただ対話するというものです。話題は仕事のことでもプライベートでも,話したいことがあればなんでも構いません。
4Gamer:
それは徹底していますね。
野間田氏:
弊社の特徴は,とにかくコミュニケーションを重視することだと思います。今はテレワークも導入していますが,週1回は出社するルールですし。1人で集中する時間と,コミュニケーションの時間のバランスを取ることが大事ですね。
4Gamer:
なるほど。本作の狙いがよく分かった気がします。本日はありがとうございました。
以上,「レミントンチャレンジ」の体験レポートとインタビューをお届けしてみた。
野間田氏の言う「部署間コミュニケーション」といったテーマは,協力して環境を最適化していく本作のゲームプレイや,カードのフレイバーから確かに感じられた。また氏は,「研修用のゲームを作るということ自体が,チャレンジしようという社員へのメッセージでもある」とも語っていたので,本作に課せられたゲーミフィケーションの効果は,今のところうまく機能しているように思う。
一見ゲームとは直接関係なさそうな分野にも,ゲームやゲーム的な考え方はさまざまな形で活用されている。今回もまた,その実例を実感できる取材だった。
October 26, 2022 at 10:00AM
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