ZINE(ジン)とは非商業的な自主制作の出版物を指す言葉である。人によっては同人誌、ファンジン、ミニコミ、リトルプレス、インディーズ雑誌といったほうが馴染(なじ)みがあるかもしれない。近年、このZINE文化が作り手からも読み手からも注目されている。既存の出版社や大手メディアへの信頼と期待が失われつつある中、プロ・アマ問わず独立性のある活動を重視する人が増えてきた。インターネットも偏った規制や匿名の悪意に晒(さら)される場所となり、ひとりの表現者が声を届ける手段としてZINE・同人誌のスタイルが見直されているのである。
ZINEについての概要と日本での歴史は、ばるぼら・野中モモ編著『日本のZINEについて知ってることすべて』(誠文堂新光社・2860円)に詳しい。本書に収集された膨大な図版と証言を見れば、はるか昔から日本で豊穣(ほうじょう)なZINE文化が培われてきたことがわかる。
そもそも属人性が強いZINEは作者と読者の記憶には残るが、記録には残りづらい(国会図書館に納本しているZINE作者はごく稀〈まれ〉だ)。野中モモ『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』は、筆者の個人史としてZINEを語るとともに、5人と1組のZINE作者にインタビューを行っている。それ自体が貴重な記録に他ならないが、このささやかな表現者たちの言葉には「自分でもZINEを作ってみたい」と思わせる魅力がある。
商業でないから
ZINEというとカルチャー雑誌や情報誌のようなイメージが強いが、自主制作の出版物は小説や詩において盛んである。並木陽『斜陽の国のルスダン』は2016年に「Text-Revolutions」という文章系同人誌即売会で発表された同人誌で、翌年にNHKのオーディオドラマの原作に選ばれた。そして2022年に宝塚歌劇団で舞台化されることになり商業出版された経緯を持つ。十三世紀のジョージアを舞台に、ルスダン女王と夫のディミトリを描いた歴史小説である。日本での知名度が低い舞台と人物を題材にしたこの中編小説を、商業出版社が新人賞で掬(すく)い上げるのは難しい。インターネットの小説投稿サイトで書籍化するほどアクセスを稼ぐことも想像しがたい。
大ヒットとなったこだま『夫のちんぽが入らない』(講談社文庫・660円)も元は同人誌に発表された作品だが、こちらはまた別の理由で、一般的な商業デビューのルートから世に出ることは不可能だったはずだ。最初には同人誌として発表されたからこそ、多くの人に読まれる道を辿(たど)った作品もある。
リスクもあれど
谷川俊太郎・木下龍也『これより先には入れません』はふたりが交互に書き継いだ対詩と、木下によるその解説である。「戦い」として書かれた対詩は、時にダダイスティックに読み手をも翻弄(ほんろう)する。
そして本書はISBNも社名もない“同人誌”なのだと、編集者であるナナロク社の村井光男は言う。商業出版社があえて同人誌として本を売ることにはリスクもある。出版社による直販は書店軽視と取られかねない。他の作り手からは「詩の大家によるZINE文化の簒奪(さんだつ)」と映るかもしれない。
それでも同人誌という形態を選択した意図を、彼らの原点回帰ととるか、既存の流通へのアンチテーゼととるか、読者がそれぞれ感じとればよい。ZINEあるいは同人誌は、誰にでも作る権利があるのだから。
本稿の選書は書店やネットで入手可能なものという依頼の下で書かれている。ぜひイベントや専門店でしか入手できないZINEの世界にも触れてほしい。もちろん、あなた自身がそれを作ることもできる。=朝日新聞2023年12月9日掲載
December 13, 2023 at 08:13AM
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